穴ぐらダイアリー

読んで字の如く。

センサー

眼科に定期検診に行ったときのこと。


待合室に入る前に玄関ホールで検温のために並んでいると、診察を終えた高齢の男性が中から出てきた。

男性は「失礼」と周囲に会釈しつつホールを横切って公衆電話に近づき、どこかにかけ始める。
次の瞬間おもむろに大声で、
「もう終わったよ。さっさと来い!!」
怒鳴りつけるが早いか、ガチャンと受話器を乱暴に置いた。

そしてクルリと看護師さんを振り返り、
「すみませんが、少しこちらで待たせて貰いますよ」
と、にこやかに言うと礼儀正しくベンチの端に腰掛けたのだった。


「あ。はぁい」と言った看護師さんとそこに並んでいた全員が、男性の態度の変わり身の速さに唖然としたような微妙な空気が、ほんの一瞬漂った。



男性は背筋をシャンとのばし涼しい顔で座っている。立派な老紳士という風情だ。
だが迎えにきた誰かに対しては、遅いなとか文句の一つも言いながら車に乗り込むのかもと、つい想像してしまった。


自分のことは案外、自分では見えないもの。そうされて当然、そこにいるのが当たり前だと思うと、人は感謝する心を忘れる。赤の他人に対しては働く気配り思いやりのセンサーが、一番身近に自分に寄り添う存在には、なぜか繊細に作動しない。不思議なことだ。


見ず知らずひとの何気ない振る舞いに、わが身を振り返り身につまされる、わずかな時間の出来事だった。