穴ぐらダイアリー

読んで字の如く。

初めてのソーセージ

前々からトライしてみたかったソーセージを作ってみた。

10数年前にも一度やる気になり、手回しのミンサーまで買ったのだが、いまだに箱から出したこともなく休眠中💤

今回は面倒な工程を減らしてとにかくソーセージを作ることを目指す。


ネットで夫に取り寄せてもらった塩漬けの豚腸を事前に水にさらす。おや?「フランク用」というこのシールはなんぞや?まさかフランクフルトという意味では…….。
不安なまま中身の下拵えに着手する。
県産豚のバラブロック肉ともも肉を用意した。ひき肉にしてあるのは、細かすぎるのと脂肪が多いと後から焼いたときに縮みそうなので、部位を組み合わせたほうがいい気がしたからだ。
肉を大きめの粗みじん切りにしてボウルに入れるのだが、ここで参考にした本に記されてある肉の量よりかなり少ないことに気づく。今更かよ‼️
しかもよく下まで材料を見れば、パン粉も少々必要らしい。
困った。いまパン粉はおろか、作り置きのパンも市販のソルトクラッカーもない。パントリーを漁っていたら、乾物ストッカーにふと気づいた。
そうだ!高野豆腐ならあった!
水戻ししたらかなりのボリュームになるから、肉の量を増やせる。またパン粉代わりに繋ぎや水分調整役にもなってくれるに違いない。
我ながらドタンバのひらめきに自画自賛?(というかもう後には引けない)しつつ、とりあえず三枚の高野豆腐を戻す。
水をぎゅっと絞って肉と同じくらいに切ってボウルに投入。
さらに刻んだ実家の生ハーブ(セージ、パセリ、ローズマリー)とスパイス、塩、胡椒を加えてざっくり混ぜる。
手の温もりが伝わらない程度でよい。これからフードプロセッサーに本格混ぜして貰うからだ。
3回くらいに分けて、全体がいい感じの粘りがでるまで撹拌する。高野豆腐も混ぜ込まれたら入ってることすらわからないほどだ。ま、これで肉ダネの完成。としよう。


だが素人のソーセージ作りは、ここからメインイベントになるのだ。
豚腸と一緒に購入したソーセージ詰めの道具。何という名前が付いているのかは、探した夫しか知らない。
説明書の一枚もなくビニールに素っ気なく入っているだけのそれは、プラスチック製でピストル型🔫をしていた。いや、水鉄砲に持ち手が付いたという方が近いかも。
とにかく筒に具をぎゅうぎゅうに詰めて、取っ手を回しつつねじ込んでゆけば先端のノズルから肉が押し出されるというトコロテン式。なんのタネもしかけもないシンプルな道具だが、これがないとソーセージ詰めは不可能だ。

中にも水を通して洗浄した腸をふたつに切り分け、一本目の切り口をノズルの先に装着する。ここで私は重大なミスをおかした。
すなわち、片手で腸が抜けないよう握り込んだまま、片手でネジをまわして肉を詰めようとしたのだ。
そうなると、どんどん長くなるにつれて支えるのが難しくなってくる。しまいには腸内で大渋滞を起こした肉が爆発してはみ出す始末💥

ハサミで切ってそこを結ぶことでなんとか処置したが、よくよく考えてみてやっと気づいた。
本にはただノズルの先に腸を装着とだけあった。が、この「装着」というのは「先っぽを引っかける」の意ではなく、ストッキングの要領でノズルに履かせよという意味だったのだ。
慣れたプロは当たり前のことだから言葉による説明もサラッとしているが、こういうところに重要なコツやらポイントがあるんだなとあらためて気付かされた💀

気を取り直して、2本目はノズルに腸を全て装着して、片端を結んでからいざ肉詰め開始。おおおおー✨今度はスムーズに行くじゃないか❗️
最後にちょっと調子に乗りすぎてまた一部爆発させてしまったが、空気をピンなどで抜きながら詰めるといいのかも知れない。

ともかくこんな感じでできた。


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長さはばらばらだし、この長いのどうやって焼くんだよ?と思ったが、本に書いてあるように後から等間隔に捻ろうとしたら爆発しかけたのでやめた。
どこかの国(フランス🇫🇷だったかな?)の名物ソーセージみたいに、フライパンにトグロをまくように置いて焼いてみるのも楽しいかも。


ノズル内などに残った肉ダネは回収して、煮立てたストックに落としてミートボールスープにした。
食べてみたら、思ったよりあっさり。もも肉に大豆タンパクだからこんなものか。もっと脂っこい肉汁溢れ出るソーセージが好みの人には物足りないかもしれない。

ソーセージは個体の小さい羊の腸を使うことを後で知った。これはフランクフルト用の豚腸で、直径3.5センチくらいの出来上がりだが、見た目は立派でかなりいい感じ👍
🍷を用意して焼いて食べるチートデイが待ち遠しい。

習慣

朝、トイレを使う前に床からすべて掃除すること。
夜、キッチンを片付けた最後に、床を雑巾がけすること。

時間にしてほんの5分程度の習慣だが、毎日安心して気持ちよく使える。
私は冬以外は裸足で過ごすことが多いので、特に足の裏の感触が気になる。
サラサラした床は立っているだけで気持ちがいい。

これが毎日の始まりと終わりの儀式みたいになっている。
今日もちゃんとこれが出来たから大丈夫、ありがとうという気持ちが自然に浮かぶ。
何かを読んだりしたわけでもなく、ある時ふと「出口と入口はいつも清浄にしておこう」と思ったのだ。セットでいつも綺麗にしておく。体でも家でも物事でも、同じことじゃないだろうかと。
このルーティンを始めてからよく眠れるし、不思議とお腹の底に湧き上がる力を感じるようになった。


以前はジッと動かず頭で考えてばかりいたけれど、体を使って小さな事をやり続けることで、理屈抜きで気持ちよい流れが自分で生みだせると気がついた。


 

叔母の誕生日

いつも3姉妹でつるんでいる母に頼まれて、先日、長女である叔母の誕生祝いの出張ランチを作った。

ケーキは前日に夫がお店で買ってきてくれた。当日は昼前に買い出ししてから、会場となる実家へ。自宅でソースやドレッシングは作っておいたから、あとはよさげな素材をみて組み合わせるだけだ。

お祝いだからちょっと特別感を出すためコース仕立てにして、
前菜→メイン→パスタ(穀類が後にくる方がおなかにしっくりくるみたい)→ケーキ
の流れだが、みんなの年齢的にポーションは少なめにする。

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前菜は鮮魚のカルパッチョのサラダ仕立て。ホタテ貝柱と真鯛は、春らしく苺🍓を使ったピンク色のドレッシングで。サーモンはコリアンダーのソース。

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メインは鶏モモ肉のローズマリーソテー。一枚を四等分にしてニンニク、庭のローズマリー、塩、胡椒、オリーブオイルでマリネ。
ちょうど野菜直売所で葉付きの小カブを見つけたので、縦割りにしてチキンと一緒に焼き付けた。
下のソースは、赤パプリカと玉ねぎ、スパイスで作っておいたもの。なんて事ないソテーも、何か味の違うソースを敷くだけで手が込んだように見せられる。

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パスタはあっさりと春キャベツ、生のグリーンピース、エビの組み合わせで。少し生ハムを刻んで加えると旨味が増す。三人で乾麺150gであとは野菜だから、皆さんペロリと平らげていた。

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ケーキはごくスタンダードなものを🎂
ふつうに細いキャンドルを付けてくれると店の人は言ったそうだが、夫は別売りの数字キャンドルを買ってきた。「80歳ってすごい記念日だからね」と。
その気持ちが通じていたのか、叔母の喜びは大変なもので、息子に勝手に持たされた慣れないスマホガラケー改め)で懸命に写真を撮ろうとしていた(笑)。
しかし分からず断念。←
華やかなバースデーケーキとハッピーバースデーの歌の締めくくりに、
「レストランに来たみたい!」
と何度も口にする3姉妹を見て、なんだかジンとしてしまった。そうね、去年からずっとあまり外出出来なかったから。

私は先に失礼したのだが、ご歓談はその後も続いたようだ。二人が帰った後に母から電話があり、「お父さんが死んでからあんな洋皿一度も使ってなかった。お皿も喜んでるわ。ありがとう!」とお礼を言われた。
四年ぶりに日の目を見たお皿たち。また記念日に活躍させよう。
私のほうが晴れ晴れとした気持ちに満たされる叔母の誕生日祝いだった。

おばちゃん80歳おめでとう。コースがずっと食べられるくらい、元気で長生きしてね🎂🎊✨

給食

また地元スーパーの広告より。

同世代の社長さんの話が毎回なかなか面白い。店に関係ない、ほんとにどうでもいい個人的な話でそれがまた良い。

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いましたね〜こういう同級生!
4と5は社長らしいが、元からお調子者(良い意味で)で人を楽しませようとするサービス精神旺盛だったんですね。

私の記憶するところでは、他にもこういう人がいた。

・パンに付いてくるマーガリンの小袋を、他の人の熱いおかずの器の下に隠す。使う時には溶けて液状化。見てない隙を突かれるので要注意。

・マヨネーズパンのマヨの付いてるとこ以外から食べてゆき、最後にとっくりとメイン部分を味わう人。(これは私も同じ。笑)

マヨネーズパンはみんな大好きだったから、休みの人がいたらお代わりの争奪戦になる。早食いして飛び出してくる常連もいて、不公平と声が上がり先生がじゃんけんさせるようになった。

給食は小学校の一日の中で、最大のウェイトを占めるイベントだったなあ。
好き嫌いは特になかったけど、先に配られている献立表を確認して、「この日は絶対休めん!」と思っていた。
デザートがムースの時とか。凍ったまま配膳されたのが、食べる頃には半解凍のシャリシャリ状態で、ことのほかおいしかった。冷凍みかんも良かったな🍊


鯨肉の竜田揚げとさつま芋の炒めものがメインの日はがっかりだった。真っ黒で獣臭のする硬い肉は子供には酷な味だ。
いまは旬の時期に、刺身の鯨肉を大喜びで食べている私。味覚は育つし変わる。
あと、ワカメとチクワ入りサラダをマヨネーズで和えたのも苦手だった。ヌルッとしたワカメがマヨネーズと合わさると、色もくすんで抹茶みたいな風味になりおいしくない。
給食のおばさんも、体に必要な栄養素を含む海藻をどうにか食べさせようと、苦心してくれたゆえのマヨネーズだろうに。献立を考えてくれたおばさんたちには、大人になってから感謝にたえない。ありがとうございました🙇‍♀️


先割れスプーンがよくないとかいう議論がひと頃あったが、今思えば、先割れスプーンは使えるカトラリーだ。フォークにもなるし固いものを割るナイフにもなる。もちろん汁物にも対応。アジアの国に持っていけば、きっと大流行するんじゃないかな。

スプーンよりも、アルミ製の器のほうが今なら何か言われていそうだが…、子供がいないので、現在の給食事情はまったく分からない。


ひとり昼休みに残されて、苦手なものを前に項垂れている悲しい光景もあった。
いまもそんな指導があるのだろうか?
アレルギーと同じで、好き嫌いも個性ではないかと、個人的には思う。食べたくても食べられない人がいると言われても、それとこれとは別次元の話。
昼休みに遊べず苦痛の時間を過ごした記憶が残る方が、後々にとってはその子の為にならないのではないだろうか。

コロナ下のいま、給食を全員前を向いて一人ずつの机で食べているような日が、この先いつまで続くのかと想像すると胸が痛む。


昭和の給食あるあるネタから、へんな方に脱線してしまった。
給食、また一度食べてみたい。今は瓶の牛乳ではないだろうけど。

自分を許すこと

「自分を許す」ってどういう事なのか、今までずっと分からずに来た。
ふと思ったのだが、もしかしてそれが「ありのままの自分を受け入れる」って事なんだろうか。


「ありのままの自分」の意味もあらためて考えると、よく分からない。
取り繕ったり見栄を張ったりしないという事?でも人は、必ずしも自分の為だけで体裁をつけるばかりではない。時には相手の意を汲んだり傷つけない為に、己をごまかし無理する時だってある。
ありのままの自分を見せてと素敵な言葉は聞くけれど、みんながそうしていたらこの世はまた違った意味で殺伐としたものになるかも知れない。
他者に自分をありのまま受け入れて貰おうとするのは難しい。期待が外れたら、相手を不当に恨むことにもなるし、自分も辛いだろうから。


ありのままの自分は、自分自身が受け入れる事が出来さえすれば良いのではないか。
親切で善良で真面目な陽の面と、狡さや嫉妬深さ、猜疑心虚栄心等が渦巻くドロドロした面がブレンドして、自分という個が出来ている。
到底ひとに見せられないような部分も含めて、「こんなところも持ち合わせている、それが私」と認めて受け入れられたら、かなり生きるのが楽になるように思う。

私自身、自分の嫌なところや後ろ暗いところをしっかり自覚しながらも、なにか悪意を覚えるたびに「そんなはずはない。私はそんな風に思ってない」などと心の中で打ち消していた。
だがそうやって否定すればするほど、強迫観念のように自分の中の闇に囚われ、そこしか見えなくなった。



すべてひっくるめてこれが今の私。それ以上でもそれ以下でもなく。良い悪い(白か黒か)でジャッジせず、グレーゾーンの濃淡の間で常に揺れ動く存在だと、自身を受け入れる。
不完全なのではなく、独立した一個の人間としてはこれで完成しているのだから。

私は私。
まずはそれが「自分を許す」ことへの取っ掛かりになるんじゃないかと思った。

草原のウサギ

テラスの洗濯物を取り込んでいると、下から下校中の子供たちの笑い声がした。

坂の下の小学校に通う、低学年の女の子三人。しりとり遊びをしているようだ。

一人が言う、

「くさはら」

次の番の子、さて何と言うかな。耳を澄ます。

「ら、ら・・・、ラビット」


ラビットぉ〜〜🤣👍😭😂😁
そう来たかあ〜‼️✨👏

前の子の言葉となんとなくイメージで繋がっているのが素敵。わざわざ意図してなくても想像のなかで、草原を思い浮かべたのかもしれないな。そこに可愛いウサギがピョン🐰


どんな時でも、子供たちは楽しくて豊かな夢を創り出す天才だと思う。
先の見えない現状を憂いていた胸の曇りが、素直な美しいやりとりで一瞬拭き取られた。優しくて清々しい気分。
ありがとう。日々、彼女たちを見習おう。

今年もよろしくお願いいたします。


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観察眼

地元のスーパーの広告にいつも掲載されている店主のコラム?が最近では楽しみ(笑)


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内容から同世代(アラフィフ)と推察している。
ザ☆昭和の一少年のあるある話が、たまにこうして開陳されるのだが、この記憶力というかディテールの描写はなかなかすごい。

あらためて自分の子供時代を振り返り、思い出そうとしても、細部までは再現できないことが殆どだった。

この店主さんはおそらく、日常的に自分を取り巻く世界やちょっとした面白さに、目と心をフォーカスして観察する習慣?癖?があったのではないかな。

そうして磨かれてきた感性や観察力が、ニーズを見抜き受け入れやすい形で提供できるという、会社を継いだ今に生かされているような気がする。


珍妙なネーミングセンス炸裂の弁当や惣菜、
『ビリー南蛮弁当(ビリーバンバン公認!)』をはじめ、全国区のネットニュースや経済誌にまで取り上げられるようになった地元スーパーの頑張りを応援したい。